再編「風景回廊・その1〜3」
澤野森都 写真展

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福岡市美術館 | 再編「風景回廊・その1〜3」澤野森都 写真展

写真の学び舎を出たものの、不如意ごとばかりで写真から遠ざかっていた私が、約20年後、接近したハレー彗星の撮影を機に再びカメラを手にしたとき、悔恨に満ちた戸惑いのなかで、置き去りにしてきた青春の歳月を、どう救済すべきかが、私にのしかかってきた重い課題でした。

 

ともあれなんとか、かっての道の延長線上に出はしたものの、振り返れば、私との間に横たわる暗い歳月の茫漠たる流れ。その両岸とも言える二つの時間帯を、いかに繋ぎ合わせるか… そして、結局のところ、縺れ、うごめく意識下の、迷路のような回廊を巡って、その入り口、出口、分かれ道、あるいはその曲がり角とも思える空間を、行きつ戻りつ、橋板に使えそうな作品を、一枚撮っては並べ、また撮っては組み上げ、辛抱強く、出来るかどうかもわからない架け橋作りに没頭するしかないようだと… そしてそれが最善の方策に思えました。 (これが 「風景回廊」 という私の造語の起源です)

 

ところで静止画の撮影で、気になる風景と対峙するとき、人は視覚以外のすべての感覚を麻痺させているわけではありません。
たとえば波騒の音、潮の香、立ち上る草いきれ、風の呼吸、鳥の声、現実とも分からぬ人語の響き… それらに刺激されて蘇る夥しい記憶の複合体… それらが混ざり合い、和して、また不協和音のまま流れ波打つ感覚空間は、極めて豊穣であり、後日のプリント作業で、またふたたび蘇るそうした複合空間の反芻のなかで、あの時、対峙した時空を可能な限り復元、可視化したいとの思いから、色彩等を突き詰め結晶させていった作業の結果が、当時の自家カラープリントであり、さらに30有余年という歳月を経ての今回のデジタルカラープリントとなりました。

 

また、三脚使用の4×5判カメラや中判カメラによる風景撮影では、特に構図が問題となってきますが、人が構図を決め、それを“良し”としてシャッターを切る、その決断もまた不可思議で、なぜその構図で良いと思うのか、思わされるのか… 私の場合、つまるところおそらくは、ファインダー画面と、その時空での感情で裏打ちされた内なる精神構造が、きわめて相似、呼応したときに限って、“良し”というゴーサインが発せられ、シャッターが切れたのではないかと思います。

 

原風景や既視感といった言葉、心象風景、あるいは廃虚の風景など、人がなぜ無人の風景に共感できるのかを考えるとき、ハンミョウ(昆虫)のように私を導く風景の各地点で、私は結局のところ、画面構成のさなかに、逆に、さまざまな意識のドラマを織りなす生身の容器としての精神構造を、探索し続けてきたように思います。

 

(以上は、1990年、92年、94年に開催しました3回の「風景回廊」展に於ける、それぞれの会場での挨拶文を統合、部分改稿したものです)

 

2022年1月 澤野森都

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イベント名:再編「風景回廊・その1〜3」澤野森都 写真展

開催場所:福岡市美術館 ギャラリーA

開催地住所:福岡県福岡市中央区大濠公園1−6(地図はこちら)

開催日:2022-1-5(水) ~ 2022-1-10(月祝)

お問い合わせ:092-714-6051

利用時間:9:30~17:30(入館は17時まで)
※7月~10月の金・土は20時まで開館(入館は19時30分まで)

お休み:期間中無休

料金:入場無料

公式WEB:https://www.fukuoka-art-museum.jp/

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